その介護士は東京に住んでいます。岩手の実家には母親が住んでいます。年に20回ほど往復する遠距離介護をしているそうです。これはその介護士が自身の実体験をそのまま綴ったものです。
認知症になる前の母は、テーブルに乗りきらないほどの料理を手際よく作り、家に遊びに来た客からは「レストランみたい」と言われるほど、料理が得意な人でした。
しかし、認知症の進行とともに、使える調味料の種類が減って、料理の味が変わり、見た目にも決してきれいとはいえない料理が増えていきました。
その中で「ラーメン」だけは、味も見た目も昔のままで、母が作ることができる数少ないレパートリーです。
ある日の昼食のことです。わたしは母の作ったラーメンを食べようと、箸で麺を持ち上げたとき、明らかな違和感がありました。
わたし:「あれ、麺同士がくっついてる」
母:「あらそうね、いつも通り作ったけど」
わたし:「なんか、麺がぬるぬるしてるけど、なに?」
母:「でもいいじゃない、食べられるわよ」母は食べられると言いましたが、わたしは麺をスープの下に隠し、食べ終わったかように見せかけて、台所でこっそりラーメンを捨てました。
得意料理だったラーメンも、いよいよ作り方を忘れてしまったのかも…。そう思ったわたしは、母のラーメン作りに立ち会ってみることにしました。
・・・続く
転載元:
この後、母親の衝撃的なラーメンの作り方が判明します。さて、わたし(介護士)は一体どう対応するのでしょうか。(*ぜひ全文を読んでみてください)
最後はこんな言葉で締められていました、
認知症が進行し、できないことがどんどん増えていきますが、残っている母の能力はたくさんあります。その能力を活用できる環境を整えることは、母の自立につながります。
自分でラーメンを作ったほうがよっぽどラクですが、たとえ少々おかしなラーメンでも母に作ってもらったほうが、母が元気でいられる期間が長くなるような気がします。
ラーメンを作れなくなってしまったら、宅配弁当サービスを利用したり、ヘルパーさんの力を借りたりしなくてはいけません。ラーメンは、母の生命線でもあります。
いつまでラーメンを作り続けることができるのか、後どれくらい時間が残っているのか分からないのですが、これからも母のラーメンを見守り続けたいと思います。
今日もしれっと、しれっと。
★ぶー!ポイント★
食べることとは生きること。
ヒトは食べることで身体を維持しています。
ヒトは食べ続けることで身体を維持し続けています。
そして食べるということは、ただ生きるだけではなく、
その人らしさを保つことでもあるのかも知れません。
食べることは基本。
基本だからこそ、それを失ってしまうことは
その人らしさを失ってしまうことと同じことなのかも
知れません。
ー適材適食ー
小園亜由美(こぞのあゆみ)|管理栄養士・野菜ソムリエ上級プロ・健康運動指導士
*1:文中の表現は全ての人が対象ではない場合があります。現在治療中の方は必ず担当医や管理栄養士の指示に従ってください。食事療法は医療行為です。ひとりひとりの身体の状態に合わせた適切でオーダーメイドなカウンセリングが必要です。充分に注意してください。