京都1日目中編。
▼京都1日目前編
京阪電車祇園四条駅へ
琥珀流しを心から堪能した私は次の目的地へ向かいます。
ここにもクリスマスの飾りが。
路地も京都らしい。
たくさんの人がいました。
もう行列レベルです。
鴨川。たぶん水面に浮かんでいるのは鴨カモ?
移動
ホームもそれなりに混雑。
着物姿(定番)。
東福寺駅で降りました。
さっきの着物の子たちも一緒のようです。
ちょっと判りにくいですが、先頭にも着物の若者たちが男性2、女性2ぐらいのグループでいました。
東福寺
東福寺(とうふくじ)
京都市東山区にある臨済宗東福寺派の大本山の寺院。山号は慧日山(えにちさん)。京都五山の第四位の禅寺として中世、近世を通じて栄えた。近代に入って規模が縮小されたとはいえ、今なお25か寺の塔頭(山内寺院)を有する大寺院である。紅葉の名所として有名である。「東福寺の伽藍面(がらんづら)」ともいう。
東福寺へ紅葉を観に来ました。
▲「働く女性の守り本尊」
▲京都市立月輪小学校
え?こんなところに小学校が???と調べたら、2015年に廃校になったそうです。この小学校の横には、
▲臥雲橋がうんきょう
いわばここは入口。
臥雲橋に一歩足を踏み入れた瞬間、左右がぱあーっと紅く染まりました。
入場券を購入し、スタンプを押してもらうんですけど、その音がタンタン!と勢いよくてびっくり、です。でも、そこから一歩入ると、別世界です。
東福寺の渓谷に架けれた3つの橋は、「東福寺三名橋」と呼ばれる。上流から偃月橋・通天橋・臥雲橋。偃月橋は、単層切妻造・桟瓦葺きの木造橋廊。1603年(慶長8年)の建築で重要文化財。「日本百名橋」の一つ。通天橋は、仏殿・方丈から開山堂(常楽庵)に至る渓谷「洗玉澗」(せんぎょくかん)に架けられた橋廊。1380年(天授6年)に春屋妙葩(しゅんおくみょうは:普明国師)が谷を渡る労苦から僧を救うため架けたと伝えられる。南宋径山(きんざん)の橋を模したもので「通天」と名付けられた。現在の通天橋は、1959年(昭和34年)に台風で倒壊した後、1961年(昭和36年)に再建されたもの。ここからの紅葉と新緑は絶景。黄金色に染まる三ツ葉楓は開山の聖一国師が宋から伝えた唐楓といわれている。
え?サクラ???
JR・京阪電車 東福寺駅
京都駅に戻ります。
JR線と京阪電車が通っているのですが、今回京都駅に行こうと思っているので「JR線」に乗ります。京阪電車は京都駅は通っていない上最寄り駅でも結構距離があるので、こんな感じで間違えて乗車しないようにこんなに注意書きがしっかり?と書かれていました。逆に間違える人、多いんだろうなーと思いました。
京都方面はホーム一杯に人がいます。京阪電車が到着するたびに数は増えていきます。ラッシュのよう。
京都駅
京都駅に着いて構内を移動していたら、ホームに突然ポストがありました。なぜ?
見ての通り、混雑していました。
有名な肉まんにはものすごい列ができていました。(画面左奥から中央にかけて)
すっかり日が落ちて暗くなりはじめています。ホテルに向かいます。その時、爆音が。
赤い服のおじいさん、急いでいたんですね。トナカイの引くそりではなく、大きなバイクに乗っていました。
★モゥー!ポイント★
紅葉色(もみじいろ)
晩秋の赤く色づく楓 カエデのようなあざやかな赤色のことです。 古くからの色名で、もとは平安装束の重 かさねの色目『紅葉 もみじ』に由来しています。「もみじ」とは「色を揉み出ずる」が語源で、植物が色づくことを指していました。中でも楓が最も美しく色づくことから、いつしか楓を「もみじ」とも呼ぶようになったのです。重ねの色目:紅葉重ねの色では『表赤・裏濃赤』の色目で、真っ赤に色づく楓の葉の重なりを表しています。出典:『雁衣鈔 かりぎぬしょう』また、他にも『表黄色・裏蘇芳』という説もあり、こちら黄葉 こうよう・紅葉 こうようした楓の二色を表現したものでしょう。(他に5説ほどあり)もちろん、重ねの『紅葉』の着用時期は秋です。
東福寺。真っ赤な紅葉の絨毯を見に行ったのですが、少しだけ時期が遅かったようです。それでも充分に紅葉色を堪能することができました。逆に時期が遅かったことで、赤だけでなく、濃いめの赤、朱色、オレンジ色、黄色、緑などなど様々な色の庭を楽しむことができました。
綺麗な東福寺は動画で見ることができます↓
つづく。
ー 適 材 適 食 ーてきざいてきしょく
小園 亜由美 (こぞのあゆみ)管理栄養士・野菜ソムリエ上級プロ・健康運動指導士・日本化粧品検定1級
*1:文中の表現は全ての人が対象ではない場合があります。現在治療中の方は必ず担当医や管理栄養士の指示に従ってください。食事療法は医療行為です。ひとりひとりの身体の状態に合わせた適切でオーダーメイドなカウンセリングが必要です。充分に注意してください。